【KIU BLOG】よっ

よっ友と「よっ」すら言わなくなり、目が合ったら逸らすという赤の他人より気まずい関係性となってしまった今、ついに大学にいる友達が部活の人しかいなくなってしまった。この人たちとは、風邪でたった3日会わなかっただけで、久しぶりと言われてしまうほど毎日会っている。「よっ」て言って集まっては、一緒にサッカーをする。

去年の春にこの人たちに出会って良かった。そうでなければ今頃、ひとりぼっちでホームシックになっていただろう。

 

 

サッカーは人と人を繋げるスポーツだと思う。

小3で転校してきたとき、外部生として入った中学のクラブ、地元から出て入学した高校、そして去年の春、いつも新しい出会いを与え、繋いでくれたのはサッカーだった。いつでもどこでも誰とでもサッカーボールひとつあれば友達になれた。サッカーがなければ新しい友達がつくれないのではないかと先の人生が不安になるほどである。

 

不思議なスポーツだと思う。

ドリブルをみればどういう性格かは分かるし、パスを受ければ何を考えているかは分かる。目を合わせて、2人だけにしか見えていないコースにパスを通す。たった数秒のプレーなのに、2時間を超える映画や500ページ上下巻の小説なんかの何倍も充足感がある。次はどんなコンビネーションで沸かせようか、あいつはどんなパスが欲しいか、考えれば考えるほどわくわくして、疲れているはずなのに体が動く。

向いていないと言われ、何度コンバートされても、やっぱりボランチにこだわってしまうのは、ピッチ上の誰にでもパスが出せて、誰からでもパスを受けられるこのポジションが大好きだからなのだろう。

 

 

サッカーがそんな甘いスポーツではないことも分かっている。

10年もやっていれば、仲良しごっこで通用するスポーツでないことは痛いほど感じている。みんなで楽しくなんて気持ちは、本気でサッカーしてきた集団の前では粉々にされる。1人でボールを追っている気分になるほど苦しい試合だってある。それにピッチに立つ11人でなければ、チームの輪に加わることさえ躊躇ってしまう。劇的な勝利を挙げても、オレンジ色の練習着を着たままでは、ユニフォームを汗で湿らせた選手たちと同じように喜ぶことは難しい。目の前で戦っているのは大好きなチームメイトのはずなのに、気がつけば心の中で相手を応援していることだってあった。

サッカーのおかげでできた大切な繋がりも、サッカーのせいで切れてしまいそうで怖くなってしまう。

 

 

逃げようと思ったこともたくさんある。

自分の気持ちを抑えてうまく振舞えば、一度手にした縁をそれなりに続かせることは容易である。むしろ、そっちの方が得意だし、平和主義者な自分の性に合っている。

しかし、絶対につまらない。決められた期間、共に平凡で退屈なサッカーをし、時間が経てばSNSの1フォロワーになるだけの関係を築くのは目に見えている。そんな関係の最初のきっかけにサッカーを使いたくない。このスポーツを始めたときの自分が惹かれたものはそんなものではないし、それではサッカーが好きだと胸を張って言えるはずもない。

 

それにきっとここではそうやって上辺だけでサッカーをすることを許してくれない。

毎日22時まで残って話し合っては、うざいほど意見を求めてきてぶつかり合おうとしてくる。すぐに謝って本音を隠そうとしても、隠したものをこじ開けてきて上手くやり過ごさせてくれない。必死に積み上げてきたサッカーがフルボッコにされても前を向き、たとえ揉めても次の日にはまた一緒にボールを蹴っている。

これほど強い繋がりを他に知らない。捩れて絡まってぐちゃぐちゃになる度にまた強くなっていく。一生切れないであろう本当に大切な繋がりである。

 

 

だからここでサッカーを続ける。入部したきっかけはもう覚えていないけど、続けている理由なら確かに分かる。この強い繋がりの中に身を置いていたい。そして、この繋がりをさらに強くした先に最高の結果を手にしたい。おじさんおばさんになってもまた「よっ」て集まれるように、今は本気で向き合おう。大学生活の貴重な時間を彼らとともに過ごすことに価値があると信じている。

 

2回生プレーヤー 土地柊輔

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