【KIU BLOG】勝利の女神
どうやら私は「勝利の女神」ではないらしい。
今シーズン前半、練習試合から公式戦まで、自分がベンチに入るとなぜかチームが勝てない。初めのうちは「そんなことないよ!」と言っていた仲間も「冗談ではないかもしれない」と感じ始めた頃、私はベンチ入りしなくなった。
その後チームは絶好調。前期を終えてリーグ2位、昇格も見えてきた。
試合前に必要な選手にはテープを巻き、カメラを抱えてピッチの周りをぐるぐる。ファインダー越しに見る歓喜も悪くはないけど、やはり寂しい。
学生トレーナーというのは実に難しい仕事だと思う。
選手なら誰もが立ちたいと望むピッチに私が足を踏み入れるときは、誰もが望まない状況の時だ。時に「私では無理だ」と思う場面に出くわしても平静を装い、震える足を前に出して駆け寄る。チームが良い流れなら尚更、その流れを止めないように、不安を表に出さず瞬時に判断し処置をする。
立ち上がれない選手を外に出すとき、自分の無力さを感じ、トレーナーとして存在する意義を見失いそうになる。その無念さに寄り添うことさえ出来ないと思うときもある。
そのことは試合中だけでなく、普段の練習時にも何度も突きつけられた。
特にリハビリチームの選手たちとは復帰時期をめぐって喧嘩になることもしばしばだった。
「自分のことは自分が一番わかってる」
そう言われると、最初の頃は言い返すことが出来なかった。説得し納得させるだけの知識と技術が身についていなかった。
幼い頃から続けてきたサッカーの集大成である4年間を本気で過ごしている彼らに信頼してもらうために、自分自身も本気で努力し臨むしかない。先週の試合より出来ることを増やしたい、選手が次の試合に向けて努力するのと同じように自分も過ごしてきた。
今思えば、自分がベンチに入る意味をそうやって見つけようとしていたのだと思う。
部活後のミーティングが始まる頃、私はそっとみんなの輪から離れる。それまで笑い合っていた仲間の顔つきが変わる。熱く戦術を語り合っている姿を羨ましく思いながら、新しいテーピングを教えてもらい練習をしたり、リハビリメニューを考える。
自転車を走らせ接骨院に勉強に向かうときもある。リュックの中に常に入っているノート3冊は何度も見直し書き込んでボロボロだ。常に門戸を開き受け入れてくださり、教えを乞えば時間を割いて多くの経験に基づく知識を与えてくださる方々には感謝してもしきれない。
勉強や覚えることは苦にならず、常に自分が向上していると思えたが、実践となるとそうはいかない。決して器用とは言えない私は新しいテーピングを教わったときに、何度やっても上手く巻けないときもある。「無理ならいつもの巻き方でもいいよ」と言われても、「最善策があるのになぜ自分はそれが出来ないのか」と悔しくて、家で泣きながら自分の足で練習し身に着けたこともある。
諦めることは一緒に戦うことを諦めることだと思えたからだ。
今年の双青戦の一軍戦、ベンチに入るか迷った私に「俺らが点をとって勝つからベンチに入れ」そう言われハッとした。彼らの勝利は彼らの努力で掴んだもので、私のベンチ入りで左右されるものではない。仲間と共に、私も自分が努力してきた全てを出し切ろう。
試合前、前日から考えていたプラン通りに選手達にテープを巻いていく。妥協のない、最善策で。
大雨の中、飲水タイム、ハーフタイムと何度も巻きなおし「どうか最後までもってくれ」と祈るようにピッチに送り込む。その選手達が迷わず身体を投げうって相手の攻撃を阻んだとき、スプリントしてるとき、最高のパス、クロスをあげたとき、そして最高のゴールを決め、自分のもとへ軽々と走り寄りハイタッチしにきてくれたとき、ようやくチームの勝利に貢献できたと思えた。
努力をしてきて良かった。あの時諦めていたなら、きっとこんな感情は生まれなかったと思う。
チームは快勝。つまらないジンクスは台風接近の大雨に洗い流された。
何も言い返せなかったあの頃の私が見たら驚くほど今の私は厳しいトレーナーだと思う。プレーの事はわからずとも、食事、就寝を含む生活、ケアをしない選手には注意もする。リハビリチームからの練習復帰についても譲れないところは譲れない。疎ましい存在だろうなと落ち込むこともある。
でも、全員に1分でも長く100%と思える力でプレーしてもらいたい、出来れば今シーズン最後まで。
そして何より自分自身が「何も出来なかった」と後悔したくない。
最後に掴み取る歓喜の輪の中に自信をもって混じれるように私自身も努力をやめない。
そんな姿に本物の勝利の女神が微笑んでくれると信じて。
最後にはなりましたが、平素より京大サッカー部を応援してくださっている皆様、温かいご支援本当にありがとうございます。
今後とも、応援よろしくお願いします。
4回生トレーナー 土地さくら